Tu&Aki’s Couple Life

ゲイが考える『ベトナム』『アジア』『海外旅行』『日本』『歴史』『科学技術』『仕事』そして『大事な彼氏』のこと

猫の話(7)

Aki です。

 

猫のはなし、というか写真を載せます。
特に意味はなく、うちのネコは、かわいいので。

でも、もう10歳だよな。
で、人間の年齢に換算すると56歳!。

かわいいっていう年でもないけど。まだ、かわいい。

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夏になると床でぐだっとしているときが多い。 

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一番暑いときはこんな感じ。
自分のお腹を目いっぱい床に接触させて冷をとっている。

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猫は背伸びするととても長い。
それがよくわかる写真。

 

そう言えば、最近、走り回ることが少なくなったかな。
前は、夜中に突然走り出したりしていたのですが。

年をとって落ち着いてきたのかな。

 

俺と一緒に年を重ねてくれている。

 

猫の話(7)(終わり)

古寺徘徊④

古寺を徘徊するAkiです。

 

『古寺巡礼』という言葉があります。
土門拳の写真集・古寺巡礼 。哲学者・和辻哲郎の著作・古寺巡礼 など。

巡礼、 日常的な生活空間を一時的に離れて、 宗教の聖地や聖域に参詣し、聖なるものにより接近しようとすること、だそうです。

 

自分の場合はそうではありません。
ただ、古寺がいいと勝手に思って、それが好きで、寺を舐めるように見て回るだけです。

だから、自分の場合は『古寺徘徊』

 

今回は、静岡県、浜松の西、浜名湖畔の鷲津、本興寺(ほんこうじ)

 

南北朝時代の弘和3年/永徳3年(1383年)、法華宗陣門流の門祖、日陣が東海地方を巡化していた時、遠江国薬師堂の僧が法戦を挑んだ。しかし、この僧の法説は日陣により論破され、僧は大慈悲院日乗(1345年 - 1425年)と名を改めた。この日乗がこの寺の開山の僧。そしてこの時より、薬師堂は常霊山本興寺という名となり、この地域の法華宗布教の中心となった。江戸時代は10万石の格式と徳川将軍家三つ葉葵の使用を許された。その本堂は国の重要文化財。山門と奥書院は吉田城(愛知県豊橋市)元大手門であった門と城の御殿を三河吉田藩主久世重之により寄進されたもの。また日本庭園があり、小堀遠州の作庭とも言われる。

 

そんな古寺。

徘徊してみました。

 

素敵な山門。

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門をくぐると左右に塔頭
その向こうに本堂が見え隠れしています。

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これが重要文化財の本堂。

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除熱得清涼

じょねっとくせいりょう

お盆の一説ですね。
甘露をそそぐように、その熱を除き清らかな涼しさを得る
苦しみを離れ、楽を得る、法華経の功力をもって、すべてが仏となる。

 

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茅葺きの屋根がいいかな。

 

次は庭を見に行きます。

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小堀遠州作の日本庭園。

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風鈴がぶら下がってます。

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こんなのもある。

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縁側に座って、庭を眺めてると一陣の風。
汗がちょっと引いたかな。

 

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コロナ禍で誰もいない。見学者は自分だけ。
だから、自分だけの空間。

とっても贅沢な一瞬でした。

 

古寺徘徊④(終わり)

ご近所探訪(16)

Akiです。

 

 

毎日、クルマで会社に行ってます。

最近は在宅勤務もあるので毎日ではないのですが。

 

朝、通勤の途中、朝焼けがきれいに見える場所があります。

坂道のところ。
登り切って、振り返ると朝日がとてもきれい。

 

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ただそれだけですけど、そんなことに気づいたのはごく最近のこと。

 

朝、起きて会社に向かう、ただそれだけの道。
ずっとそうでした。

別に仕事のことで頭の中がいっぱい、というわけでもなく、
ただ周りがよく見えていなかっただけ?

 

で、今は、少し見えている?

そんな気がします。

 

ご近所探訪(16)(終わり)

古寺徘徊③

Akiです。

 

 

 

歴史好きの『古寺徘徊』です。

静岡県西部、浜名湖畔のお寺、藤谷山・宿蘆寺(とうこくざん・しゅくろじ)です。

奇妙な名前につられて来てみました。

寺の西側には浜名湖があり、以前は深く入り込んで、芦(蘆)が多く宿っていたため、宿蘆寺という寺号がつけられたそうです。また、藤谷山(とうこくざん)という山号も寺の背後の山に藤が自生しており、満開の頃には浜名湖を行き交う舟からも藤が見えたというところからつけられたそうです。

 

蘆が宿っている寺。 
味がある名前ですね。

 

その宿蘆寺。

室町初期の1466(文正元)年に命天慶受(めいてんけいじゅ)和尚によって開かれ、開基はこの地の城主、堀江下野守久実(ひさざね)とされています。

 

それで、1522(大永2)年以降は大沢右京大夫基宿の代より大沢氏の菩薩寺となって栄えました。境内には十代基宿(ともいえ)から19代基暢(とものぶ)までの10人の城主と、城主基之の長男基栄の11基の墓碑があります。大沢家は浜名湖の近くで3500石を領し、歴代当主は江戸幕府高家と言う役職を務めた家柄です。その墓は江戸の菩提寺とともに、領地内にある宿蘆寺の境内にも造営されました。宿蘆寺の墓所には、大沢家の当主とその嫡子11基の石塔があります。高禄旗本の墓所にふさわしい風格と江戸時代の墓域を伝えている点が学術的にも高く評価されています、ということだそうです。

 

 

 

 門前にある宿蘆寺の名前が入った石柱。

 

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山門です。

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山門右の石碑。『山門禁葷酒』と書かれています。

これは、肉や生臭い野菜を食べたり酒を飲んだりした者は、修行の場に相応しくないので立ち入りを禁ずるという意味だそうです。

禅宗寺院ですね。

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山門から、今きた道を振り返る。

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山門をくぐって、石段を少し、登ります。

もう一度振り返るとこんな感じ。

 

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苔むした道。

こういうの、好きですね。

 

もう少し石段を登ります。

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本堂が見えてきました。

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宿蘆寺の算額

 

本堂の左側からさらに山を登ると、この地を治めた大沢氏の墓所がありました。

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墓所を出ると、遠くに浜名湖が見えます。

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蘆、葦がいっぱいの浜名湖
それが宿っている寺。




古寺徘徊③(終わり)

ご近所探訪(15)

ご近所探訪中のAkiです。

 

 

 

 

暑い中、お散歩してます。

 

この前も来ましたけど、近くの神社。

tuaki.hatenablog.com

 

石段を駆け上がります。
最近、タバコを辞めたので、息切れしません。

健康そのもの。

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駆け上がった上は神社の境内。
木々の緑とその隙間からさわやかな風。
気持ちいいですね、でも汗びっしょり。

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別の道。

石段ではなくクルマも通れる坂道。

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ここを、てくてく歩いていて、
ふと、見上げるとドクターヘリ。

ぐるぐる回っています。 

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しばらくして、ビルの隙間にその姿が消えました。

熱中症で運ばれているのかな。

 

自分も気をつけよう。
真夏の酷暑の中でのご近所探訪。

 

ご近所探訪(15)(終わり)

 

遠州・白須賀

静岡県に住んでいて、県内(遠州)を巡っているAkiです。

マイクロツーリズムを実践中なのです。

 

カメラ片手の撮影旅行です。

 

tuaki.hatenablog.com

 

 

※黒の円内がだいたい遠州地方

 

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今回は浜名湖の西、もうほとんど愛知県、三河に近い、白須賀です。

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浜名湖の西、東海道を西へ向かいます。

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白須賀へ向かうためには潮見坂を上らなければなりません。
ここがその坂の入り口。

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ちょっと傾斜しているだけ。

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でも、すぐに急坂になりました。

 

木々が生い茂っていて、そこでは蝶が乱舞。

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それで、登ってきた坂道を振り返ると、海。
太平洋(遠州灘)が目前に迫ってきます。

海の蒼さが目に染みます。

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ここが潮見坂。

歌川広重東海道53次のうちの白須賀宿
まさしくここの景色。

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坂を上りきると潮見坂公園跡。

 

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ここから見える遠州灘
素敵ですね。

ふううううむ。彼氏と来たかった。

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視界に大きな海が飛び込んできます。

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さらに行くと、やっと白須賀宿
ここも旧東海道の宿場町の匂いを十分感じます。
いいところ。

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ほとんどクルマも通らない。

静かな宿場町。

いいですね。

 

ほのかに江戸時代の香り。

 

 

遠州・白須賀(終わり)

遠州・舞阪

静岡県に住んでいて、県内(遠州)を巡っているAkiです。

マイクロツーリズムを実践中なのです。

 

カメラ片手の撮影旅行です。

 

※黒の円内がだいたい遠州地方

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黒丸の西の端。舞阪です。

 

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東から来て、舞阪に入る手前。旧東海道の松並木。
立派に保護されています。


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それで、東海道の宿場町、舞阪宿に入ります。

今でも、その雰囲気は十分ありますね。

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旧東海道沿いに脇本陣が残っているということなので行ってみます。

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ここですね。

本陣は残ってなくて、脇本陣だけ。
本陣;本陣(ほんじん)は、 江戸時代以降の宿場で、大名や旗本などの宿泊所として指定された家。原則として一般の者を泊めることは許されていなかった。宿役人の問屋や村役人の名主などの居宅が指定されることが多かった。また、本陣に次ぐ格式の宿としては脇本陣があった。

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なかなかの雰囲気。

 

そんな脇本陣を通り過ぎると舞阪港。

漁港です。

 

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漁港ですけど、昔は、舞阪宿のここから船に乗って対岸の新居に向かいました。

東海道五十三次の旅、
難所の一つですね。

 

まだまだ、その面影は残っています。

 

 遠州・舞阪(終わり)