Tu&Aki’s Couple Life

ゲイが考える『ベトナム』『アジア』『海外旅行』『日本』『歴史』『科学技術』『仕事』そして『大事な彼氏』のこと

ベトナム戦争の記憶 ~サイゴン・マジェスティックホテル~

ベトナム好きのAkiです。

 

 

 

ベトナムの旅、ベトナム戦争の記憶です。

 

 

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以前、ベトナム南部を旅行して、ホーチミン市(旧サイゴン)にあるマジェスティックホテルに泊まりました。

 

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ホーチミン市の中心地のサイゴン川とドンコイ通りに面して建っている、フランス植民地時代から営業されている数少ない高級ホテルのひとつ(5つ星!)。

 

ベトナム戦争中の1964年から1965年にかけて作家の開高健朝日新聞の特派員として派遣された際に宿泊先として使用し、産経新聞の近藤紘一など世界のジャーナリストも使用しました。1975年4月には、6階のレストランが北ベトナム軍のロケット砲の直撃を受けて一部が破壊されました。

※当時ベトナムは南北に分かれて、冷戦の時代を実際に戦っていたのです。

 

でも、今はコロニアル風の美しい外観で、戦争の傷跡はまったく見られません。

 

屋上のレストラン(テラスバー)。

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屋上からサイゴン川を見る。

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近藤紘一著「サイゴンのいちばん長い日」という本・・・

1975年3月23日、サイゴン(現・ ホーチミン)の空港に降り立った新聞記者が5月24日、サイゴンを去るまでの2ヶ月間に体験したこと、それは南ベトナムという国がなくなるということ、が書かれています。

 

その本の中にマジェスティックホテルが出てきます。

 

ちょっとだけ引用してみます。

・・・河畔のマジェスティックホテルにロケット砲弾が命中し、六階の食堂がやられたという・・・マジェスティックホテルに行ってみる・・・床一面につもった窓ガラスやカワラの破片に気をつけながら、米国テレビの連中がカメラを回している・・・
部屋の片隅で警官が一人ポツンと現場を見張っているだけで、ボーイや支配人の姿は見当たらない。

「がルソン(ボーイ)が一人死んだよ。運が悪かったんだな」

警官は肩をすくめた・・・

 

自分が、のんきにビールを飲んでいたテラスバー、まさにロケット弾が飛んできてガルソンが死んだ場所なのでした。

 

 

ベトナム戦争の記憶 ~サイゴンマジェスティックホテル~(終わり)