Tu&Aki’s Couple Life

ゲイが考える『ベトナム』『アジア』『海外旅行』『日本』『仕事・働き方』そして『大事な彼氏』のこと

ご近所探訪(14)

ご近所を探訪するAkiです。

 

 

 

tuaki.hatenablog.com

 

川沿いに歩いてゆくと、ススキの穂。
まだまだ暑い日なのですが、秋の気配。

というか秋の準備かな。

 

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ススキの穂が日ごとに大きくなってきています。

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少しづつですけど、着実に秋の準備が進んでいる、そんな感じがします。
四季が絶えず動いていることを実感します。

 

 

 

でも、ある日、草刈りが行われてしまいました。
今までやったこともないのに、急に業者が下草刈りをしました。

 

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きれいさっぱりです。
秋の到来を感じさせてくれたススキたち、
何もありません。

 

すっきりして見た目もいいし、虫とかもいなくなって、歩きやすくなった。
たぶん、いいことなのでしょうけど、刈られた雑草の中には、ススキだけでなく、たくさんの種類の植物や花がありました。

 

ちょっぴり寂しいかな。

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ご近所探訪(14)(終わり)

彼氏のこと(30)

ベトナムに彼氏がいるゲイのAkiです。

 

 

彼氏が、わらわら写真を送ってくるので載せます。

tuaki.hatenablog.com

 

 

ハノイの夏、

昼間は晴れているけど、突然の豪雨。
毎日がそんな感じ。

彼氏はバス通勤なので、チャットしながらその雨の写真を送ってきました。

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バスの中から外を見る。
でも、大粒の雨が邪魔をしてぜんぜん見えない。

ものすごい雨、どしゃぶり。

 

なんとなく芸術的な写真っぽいけど。

 

こちらの写真はハノイの朝。
朝焼けですね。

 

でも、なんでこんな早くおきたのだろうか。
だいたい寝坊するのが普通なのに。

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いつもはバス通勤なのですが、特別な用事があるときはバイク。
今、バイクにのってるよ、という連絡も兼ねた写真。

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あと、夕飯の写真。

友達二人と一緒にアパートをシェアしていて、いつも自炊してます。
でも、めったに彼氏はご飯を作らないのですけど、たまに作ると、どうだ!
みたいに写真を送ってくる。それがこれ。

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今日もそんな感じ。

ごく普通のハノイの日々。

まあまあ平和かな。

安心、安心。

 

彼氏のこと(30)(終わり)

 

ひまわり

散歩好きのAkiです。

 

 

ちょっと前まで、夏も盛りで、ひまわりが大きな花を咲かせていました。
こんな感じ・・・

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まっすぐ、おひさまに向かって顔を上げていました。
その、はっきり、くっきりした姿が、本当に夏らしくていいな、と思っていました。


で、最近のひまわり。
当たり前のことですが、盛りも終わって、花びらもしぼんでしまって、たくさんの種の重みで顔が下向きに変わってます。

 

 

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この姿、
うなだれている、ように見えます。

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まあ、いろいろあったけど、もう終わったかな、みたいな終息感?
あるいは、上司に怒られてしょんぼりした雰囲気?

ああ、やっちまった、みたいな後悔の念?

 

見れば見るほど、ひまわりのうなだれ方が半端ない。

ここまでうなだれるのは、よほどのこと。
ひまわりを見て人生を想う。

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でも、うなだれてるのは、いっぱい種ができたから。

 

次の年に向けた種まきのためだよ。

 

人生みたい。

ひまわり・・・

なかなか奥深い、かな。

 

ひまわり(終わり)

二つの城

歴史好きのAkiです。

 

 

 

静岡県浜松市の北方に2つの城跡があります。
誰も知らないような小さな城。

 

行ってみました。

 

一つは堀川城(ほりかわじょう)。

 

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幹線道路の脇に城跡の石碑、首塚もありました。
クルマが頻繁に通るのですが、一顧だにされません。

 

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堀川城址、古戦場、と書いてあります。

 

確かに城跡なのですが、周りは一面の田。
防ぎようがない地形で、ここでどう戦ったのかはなはだ疑問。

おそらく当時と今では川とか、海とかの場所が違っているのでしょう。

 

 

 

 

 

もう一つの城は刑部城(おさかべじょう)

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刑部城の説明書き、

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阿王山紫城とも呼ばれるこの城は、三方を都田川で囲まれた要害の地に築かれました。戦国時代の永禄11年(1568)、12月、この地の人々がここに城柵を築いて立てこもり、徳川家康の軍と戦い、敗れました。現在、県道の北側に位置する城址には、今でも犬走りや井戸が残っています。姫街道の位置は現在とは異なり、この城の東側をとおって、落合川の渡しへ通じていました。

 

 

この二つの城、戦国時代中期に建てられました。

永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いにて今川義元が戦死した後、土地の人々が砦を築き、地名より堀川城と名付け、また、ほど近い刑部(おさかべ)にも刑部城を築き、徳川家康遠江侵攻に備えた、と伝えられています。正確な築城期は不明なのですが、当時は今川氏の勢力下にあって、永禄11年(1568年)に今川氏真(義元の子)から瀬戸方久に出した徳政令を免じる安堵状の中で、代わりに新城の備蓄を賄うように条件が付いており、この新城が刑部城・堀川城ではと見られているとのことです。

その同じ年、徳川家康は本坂峠を越えて岡崎から湖北(浜名湖の北)へ攻め込み、刑部城を落城させました。今川方で近隣の堀江城主大沢左衛門が家康に抵抗しており、大沢氏と連携した土豪たちが、地元の農民など雑兵約1,700人を集めて堀川城に立て籠もりました。永禄12年(1569年)2月に掛川城を落とした家康は、同年3月27日、再び本坂峠を越えて堀川城を攻め、堀川城内の人々は徳川勢によって一方的に殺戮されました。城兵は約半数が殺害され、半数が捕えられたのですが、家康は捕虜を皆殺しとし、約700人を女子供も含めて都田川の堤で全員首を刎ねたのです。

 

落城に悲話はつきもので、刑部城では落城に際し、城主の美しい姫が敵の手にかかって恥をさらすことを厭い、城のそばの池に身を沈め、そして金襴の蛇に姿を変えたという。その後、村人はこの池を金襴の池と呼び、後世に語り伝えたとのことです。

 

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温厚で慈悲深いイメージがある徳川家康ですが、ここでは捕虜を皆殺しにしています。
それは、まだ少壮のころの家康の実像だったのかもしれません。

で、堀川城跡には、いまだに首塚があり、都田川沿いに供養碑もあります。
悲しいことを語り継ぐ、それが残された人のせめてもの役割。

 

二つの城からそんな思いが伝わってきます。

 

二つの城(終わり)

昔の香港②

アジア好きのAkiです。

 

 

 香港のはなし・・・のつづき。

 

tuaki.hatenablog.com

 

空港のあるランタオ島から九龍半島へ、そのあと地下鉄で香港島に渡って、駅を出るとすぐ急斜面になっていて、その斜面にへばりつくように高層ビルが林立している。

 

それが香港。

 

で、その急斜面を屋外エスカレーターで登って、
その坂道の途中、狭い道の四辻に立つ自分。

 

どこの国の人なのか、よくわからない人達がたむろするバーがたくさんあります。

 

そこで軽くビールを一杯。

そのあとは地元ローカルのレストランで美味しい広東料理もどきを食べる。

 

そんな香港が好きでした。

 

で、どういううわけか手元にまだ、香港ドルがあります。

スタンダードチャータード銀行(渣打銀行)発行の10ドル紙幣です(価値は150円くらい)。

 

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日本に帰ってきて中部空港で日本円に両替しようとしたのですが、この紙幣だけ断られました。

 

そんなおかしいでしょ、って言ってもダメ。
ほとんど偽札扱い、でした。

 

ということで行き場がない10ドル札はいまだに自宅の机の中。

 

香港のお金事情はちょっと複雑です。
紙幣の発行は日銀みたいな中央銀行ではなく、香港上海銀行(香港上海滙豐銀行)、スタンダードチャータード銀行(渣打銀行)、中国銀行 の3行が行っており、10ドル紙幣のみが香港特別行政区政府によって政府紙幣として発行されています。

 

で、自分が持っている10ドル札はスタンダードチャータード銀行発行のもので、今ではもう発行されてません。おそらく2000年頃のものだと思われます。前に香港を訪れたときにつかまされたものです。

 

その紙幣に描かれている絵柄ですが、螭吻(ちふん、鯉に似た瑞獣)。

 

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「螭吻(ちふん)」。竜生九子(中国の伝説上の生物で、竜が生んだ九匹の子を指す)の一つです。螭吻は眺めることが好きで、常に建物の屋根にいて、口を開け、屋根の棟を飲み込む姿をしていることから、屋敷守り、魔除け、安居楽業の神獣といわれています。これは日本のしゃちほこの原型だそうです。

 

中国への返還前は、香港上海銀行スタンダードチャータード銀行だけが通貨を発行していました。そして返還後、まもなく人民元が流通することになります。一国二制度が音を立てて崩れつつある今、通貨も含めて香港の特殊性は失われてゆきます。

 

そんな昔の香港が匂う10ドル札。
ちょっぴり感傷を誘います。 

 

 

 

で、香港の現実。

先日、アグネス・チョウさんが国家安全法により逮捕されました。
反中国的な言動や行動をしたためです。

 

その逮捕は、中国共産党にとってなんの違和感もない、至極、当然なこと。

脅迫や拷問も日常茶飯事。
そんな国。

 

tuaki.hatenablog.com

 

10ドル札に描かれた螭吻。

中国という魔物から、香港という家をずっと守ってきたように思えます。

 

これから中共の厳しい支配がはじまりますが、香港の若者を守って欲しい、と心から願っています。

 

昔の香港②(終わり)

古寺徘徊②

Akiです。

 

 

 

ちょっと前、8月ですが、前とは別のお寺さんに行きました。

 

 

tuaki.hatenablog.com

 

歴史好きの『古寺徘徊』です。

 

ここは、静岡県浜名湖の北にある、長楽寺です。
クルマを駐車場に止めて、ちょっと歩くと石段。
その上に、山門が見えました。

 

この瞬間、やったね、という気分。
その山門の古めかしさにもうすでに大満足なのです。

 

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長楽寺、お庭が有名なのですね、小堀遠州が作ったらしい。

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山門にたどり着きました。ところどころ、壁土が剥がれてしまっています。
趣があっていいですね。この雰囲気、好きです。

 

文字通り古寺。

 

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中に入って、すぐ左側、馬頭観音

 

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こっちは梵鐘。

 

そしてお庭。

先客がおられてしばし、眺めてました。

 

ここは冬の方がいいかね? とか話しかけられて。

さあ、どうでしょう。 マスク越しの会話。

 

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山の中にある石仏。

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参拝を終わって外に出ると鱗雲(うろこぐも)。

雨が降るのか、秋が近いのか。

でも、あいかわらずの暑さでした。

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古寺徘徊②(終わり)

古寺徘徊①

Akiです。

 

 

ちょっと前、8月のことですが、お寺さんに行きました。

 

一応、参拝です。

 

でも、『古寺徘徊』という感じ。
歴史が香る建物をなめるように巡っています。

 

まずは、静岡県浜名湖の北にある、初山・宝林寺(しょさん・ほうりんじ)です。

 

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浜名湖の北東、少し奥まったところです。

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古めかしい山門。
これをくぐるとき、なぜか幸せな気分になります。

古寺。

 

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8月のお盆の時期。

なので蘭盆勝会(らんぼんしょうえ)って書いてありますね。

普通の仏教寺院では、盂蘭盆会(うらぼんえ)と言って、太陰暦(旧暦)の7月13日から16日の4日間に仏教行事が行われます。ご先祖様のご供養です。

 

でも、ここに書かれている蘭盆勝会は、中国盆なのだそうです。 蘭盆勝会とは「施餓鬼(せがき)」と言って、「悪道に落ちて苦しむ亡者(餓鬼)に飲食物を施す法会」のこと。死後も苦しんでいる全ての霊を供養する行事であり、ご先祖様の供養をする日本式のお盆とは全く別の意味合いをもつ行事なのだそうです。

 

このお寺の由緒を読むと、中国、明国の僧、独湛禅師が1664年(寛文4年)に開創された黄檗宗(おおうばくしゅう、中国の禅宗)の寺院。

なので、中国風ということ。 

納得です。

 

 

山門をくぐると、すぐ右手に報恩堂。

黄檗宗の祖、隠元禅師の徳に報いるために建てられたお堂。

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なんとなく中国風のような。

 

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そして、正面には堂々とした仏殿。

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中に入るとひんやり。外の猛暑が嘘のようです。

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仏殿の前の舎利塔。

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仏殿をぐるっとまわって後ろ側。方丈の奥には石仏五如来

真ん中が大日如来

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山の中には、こんな石仏さんも。

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あと、その石仏さんの下に蜻蛉。
猛暑の8月なのですが、秋の気配も。

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あと、真っ青な空。
長梅雨のあとの晴天。

 

なので余計に青々しさがまぶしい。

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さわやかに下山しました。

 

古寺徘徊①(終わり)